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父親の闘病日記(闘病記録)第七話になります。
本格的な闘い
今振り返ってみると、僕自身に関して言えば、この時期あたりから、精神的にゆっくり休んだという記憶がないように感じています。
持病の影響や性格的な要因が大きいとは思いますが、あれこれ考えてしまうんですよね><
これから父親とがんとの本格的な闘いが始まるわけで、それも生死をかけた闘いなわけで、結末は誰にもわからない。
抗がん剤一つとっても、「効けば天国」「効かねば地獄」「いや効いても地獄(副作用等)」ということも十分にあり得ますし、抗がん剤には耐性という問題もあり、やがてお薬が効かなくなってしまうときがきます。
また、がんには「転移」や「再発」といった、がん特有の大きな壁が待ち受けていることもある。
山あり谷あり、「完治」や「治癒」に至るまでには本当に多くの試練を乗り越えていかなければならない。
患者も家族(身近な人)も一つひとつの出来事に一喜一憂することなく、冷静に対処していかなければ身が持たないような気がして・・・。
父親に関しては何にも心配していなかったけど、自分自身が父親の強さについていけるのかという不安があり、“精神的に強くなりてぇ~”と常に心の中で叫んでいたっす( ̄д ̄)
これは身を持って体験したことなのですが、がんでは重要な決断を迫られるケースが数多く、受け入れがたい残酷な現実を受け入れなくてはならない場面に何度も遭遇します。
がんは告知だけではなく、その後にも“告知と同等、あるいはそれ以上につらく苦しい現実が待ち受けている場合もある”ということをまざまざと実感させられました。
そして、これらのことはすべて、患者だけではなく家族(身近な人)も共有することになるのです。
それでも、このような事実はこれまで多くの方々が乗り越えてきた問題であり、今では、現在進行形でがんと闘っている方々が有益な情報をたくさん提供してくださっている。
こういうときって簡単に落ち込みもしますが、ちょっとしたことで勇気付けられたりもしますので、僕自身は「がんと闘っている方々」や「介護を行っている方々」のブログ等に励まされ、何度も背中を押してもらい、前に進むことができたのだと思っています。
本当にただただ感謝しかありません。
入院準備
父親にとって、入院治療や抗がん剤治療は本心では絶対にやりたくなかったはずで、複雑な思いを抱いていたはず。
それでも、父親は気持ちの切り替えが早いので、“決まっちゃったら仕方ない、入院の準備をしよう!!”という感じで、率先して動いてくれました。
ただ、約20年ぶりの入院ということで、思ったよりも準備に時間がかかりましたね><
入院する際は、持ち物の用意だけでなく、作成する書類も多いから、結構面倒だよなぁ~(ΦωΦ)
数年前に、僕自身が入院した際にいろいろ手伝ってもらいましたし、面会にも何度も来てもらったので、だいたい必要な物はわかっているはずなのですが、“そんな前のことはもう忘れちゃったよ”と余分な物を沢山購入><
そして、“放射線治療と抗がん剤治療のダブルじゃ、ぶっ倒れていると思うけどな”と言いながらも、書店や古本屋でカー雑誌を大量に購入><
面会のときに最新号を持って行くようにすると何度も伝えていたんだけど、聞えていなかったようであります( ̄д ̄)
いざ、用意しておいた荷物をバックへ・・・案の定、用意した物が半分も入らないうちにバックがパンパンになるという・・・。
そして、入院前日には、“もうお風呂に入れないかも知れないから、お風呂だけはゆっくり存分に入っておこう”と自虐ネタを言われる始末・・・。
僕はいろいろ不安を抱えていましたが、いつも通りマイペースな父親を見て安心していたのも事実です^^
ちなみに、この時期から、がんに効果があるということで、率先して「野菜スープ」を作るようにし、毎食時に必ず飲んでもらうようにしていました。
毎日飲まないと効果が薄れてしまうようなので、入院時も水筒に入れて持って行っていましたよ。
“こんなの飲んだって効きゃーしないよ”と一喝されたけど、無理矢理飲んでもらっていたぞい・・・そしたら、2~3か月後には“なかなか美味い”と言うこともあったよなぁ~(*’▽’)
野菜スープだけでなく、食生活関連の書籍も何冊か読んで試したことはあったけど、最後まで実践したのが毎食時に野菜スープを飲んでもらうことでして・・・ただ、効果があったのかはもの凄く微妙なので、具体的には記載しないことにしたのであります( ˘ω˘)スヤァ
入院
前日に病院から連絡があり、予定通り2019年11月20日に入院が決まりました。
病院のベッドに空きがなければ、数日間(空きが出るまで)は通院治療になる予定だったので、父親は“あら、残念”と言っていましたね><
午前の早い時間帯に病院に向かい、ラウンジで入院の手続きを行った後、胸部レントゲン検査をパパっと済ませ、入院病棟に案内される。
ここからは看護師が対応してくれ、入院手続きの際に言われていたのですが、個室しか空きがなかったということで、個室に移動して“先生からの説明があるので少々お待ちください”とのことで個室で待つことに・・・。
個室になった経緯については後述しているっすm(__)m
しばらくすると入院担当医に呼ばれ、入院治療についての詳しい説明が始まって。
まず、抗がん剤治療(薬物療法)については、以下の二つの選択肢が提示され、どちらで治療を行っていくのか選択する形となりました。
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担当医から説明された細かな違いについては、うろ覚えで忘れてしまった部分も多いのですが、奏効率に大きな違いはないと言われたこともあり、父親としては“放射線治療もあるし、抗がん剤は少ない方が安心かな”ということで、抗がん剤は「カルボプラチンのみ」を投与することに決まりました。
そして、今回の入院治療についてまとめてみますと、
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ということになっています。
肺がんのステージ3は治療選択の判断が難しいと言われており、5年生存率を見ても「20%前後」と厳しい数字ですが、担当医から“根治を目指す治療です”とはっきり言われたときは、心強く希望を感じたことを忘れもしません。
そして、6週間の入院期間となっていますが、“体調を見て判断していきましょう”ということで、入院期間が短縮される可能性もあり、また体調が良ければ外出をしても構わないということでしたので、父親も喜んでいましたね^^
ちなみに、入院担当医の先生についてなのですが、女性の先生で話をしていると“そうっすね”“仰る通りっす”とたまに語尾が“○○っす”となるようで、父親からすると医者の方には珍しく気取らない様子が好印象だったようで、話しやすい先生だと言っていましたよ><
父親は珍しいタイプの人が好きでして・・・外来担当医よりは明らかに話やすそうだったなぁ~(*^-^*)
入院担当医からの説明の後は個室に戻り、看護師からの説明、そして薬剤師からの説明と説明事項がひっきりなしに続く。
その後、採血と尿検査を済ませ、休憩→荷物の整理→父親と軽く雑談、てなことをしていると17時近くになっており、“長居しても仕方ないから帰るわ”というと“個室なんだから泊って行った方がいいよ”とお決まりのようなジョークを言われ・・・。
父親と握手をして“ほどほどに頑張って!!”と声をかけ病棟を後にし、駐車場に向かう途中は、寂しさが溢れ、気を抜くとすぐに涙がこぼれ落ちそうな感じだったことを鮮明に覚えています。
母親も入退院を繰り返していた時期があり、僕自身、同じようなことを何度も経験してきたけど、残念ながら慣れるようなものではないようであります(。-∀-)
これから始まる長い闘いの第一歩、少しでもこの闘いが順調に進むことを心の底から祈っていました。
◆病院の病室について
どこの病院でも同じなのかはわかりませんが、こちらの大学病院では、1日目は大抵個室になることがパターンでした。
そして、1日目だけ個室の料金を支払い、2日目以降は差額ベッド代がかかる4人部屋、あるいは差額ベッド代がかからない4人部屋に移動するという流れでしたよ(2日目以降も4人部屋に空きがない場合は2日目以降の個室料金は無料)
さすがに、差額ベッド代(自己負担)が発生する部屋に入院していると入院費が高額になってしまうので、「差額ベッド代がかからない部屋」と指定したいのですが、指定してしまうと入院予約の際に入院枠が狭まり、なかなか入院できない事態もあり得るということで、どうしようもなかったですね><
病院の事情も理解できるのですが、がんなどの大きな病気の場合は、一度や二度の入院ではなく何度も入院することも考慮に入れなければなりませんし、今後の治療費のことなどを考えるとお金の心配も出てくる。
難しい問題ではありますが、もう少し柔軟に対応していただければと感じました。