押忍!!“楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ”、応援団員わっそんです^^
当ブログにご訪問していただき、ありがとうございます^^
この記事では、父の基本的な情報について記載しています。
“父がどのような人間なのか”について簡単にでも知ってもらえれば、闘病日記(闘病記録)もより読みやすくなるのではないかと感じ作成してみました。
肺がんの闘病日記とは直接的に関係がないことも多いので、読み飛ばしてもらって全然構いません(笑)
父のことについて振り返りたいがために、自己満足で書いたような感じなのであります(。-∀-)
父の基本情報
◆生年月日 1944年9月26日
◆身長・体重 177cm/63kg(晩年の数値)
◆出身地 岡山県
◆職業 公務員
◆家族構成 三人兄弟の長男(話を聞くとすごく複雑でした><)
◆子供 長男、次男(自分です)
◆趣味 釣り、野球、お風呂、パチンコ、映画鑑賞、テレビ観賞、自動車関連全般など
◆お酒・タバコ お酒=飲まない、タバコ=吸う
◆既往歴・現病歴 盲腸、赤痢、糖尿病、白内障、不眠症、痔の手術、むちうち損傷
◆その他 食べ物に関して好き嫌いが激しい><
「趣味」と「既往歴・現病歴」については、触れたいことがテンコ盛りにありますので、後程長くなり過ぎない程度に記載しています。
本当は全体的に書きたいエピソードが山ほどあるよ、おっす!!
父の性格(特徴)
父の性格についてですが、普通に書いてしまうとかなりの量になりそうなので手短に記載しますね(笑)
“父はどんな感じの人ですか”と聞かれたら、わかりやすく芸能人で例えると、パッと思い浮かぶ方が「高田純次さん」ですね。
テレビで観る「高田純次さん」にすごく近いように感じるぞい(*^-^*)
シュッとした顔立ちなんかも似ているのかなと。
勝手な印象ではありますが、「豪快に笑う」「ユーモアがある」「おちゃらけている」など、多くの共通点があります。
これらに、「超楽観的」「マイペース」「声がでかい」「ラジオのようによく喋る」といったキーワードを加えたら、それはうちの父です・・・はい( ˘ω˘)スヤァ
“変顔をして”と言ったら、すぐに変顔をしてくれるような人間でもあります・・・いや、言わなくても変顔をしてくるっけ(*ノωノ)
父のスペック
ここでは、触れたいことが溢れるほどにある、趣味の面から父のスペックを記載していきたいと思います。
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ものすごく主観的で、判断基準もよくわからないよなぁ~・・・興味のある方だけ、気にせず読み進めてくださいませ(。-∀-)
それでは、簡潔に順番に触れていきますね^^
映画好き度=レベル75
父は、特に洋画が好きでした。
独身時代は映画館に行って観ることが多かったそうですが、家族ができてからは自宅で鑑賞することがほとんどでしたね。
地元にTSUTAYとなる以前に、大きなレンタルビデオショップがあったのですが、“その店に置かれていた映画は隅から隅まで借りて観たぞ”と言っていましたが、間違いないと思います。
というのも、父はテレビ観賞も趣味なので、必ずテレビガイドを購入して見たい番組を細かくチェックをするのですが、“これ観た!これ観た!これ観た!という感じで、最新作以外の映画に関しては観るものがない状態でしたので・・・(笑)
ただ定年後は、韓流ドラマにもハマっていましたので、そちらの方を優先して観ていましたよ^^
テレビ好き度=強くてニューゲーム
テレビ番組はこれでもかというほどによく観ていました。
オールジャンル観ていましたが、特に、「韓流」「お笑い」「ドラマ」「アイドル」関連の番組は欠かさずに録画をして観ていましたね^^
どの番組も基本的には、昔から大好きな、あるいは最近になって興味を持つようになった「芸人さん」や「俳優さん」が出演している番組を優先的に観るようにしていたようですが、韓流にもどっぷりハマっていましたので、その量は半端なかったです><
この状況下で、アイドル好きという、とんでもない一撃も加わってきますので、もうあっぱれでして(笑)
兄とよく話をしていたのですが、父のスゴイところや驚くべきところは、年相応の番組ではなく、子供たちよりも若い世代が観るような番組をバンバン観ていたことではないでしょうか。
アイドルはその典型で、「モーニング娘」「AKB48グループ」「坂道シリーズ」の番組までチェックをしていましたし、「モーニング娘」「AKB48」の全盛期のときには、雑誌やアルバムも購入しガンガンに応援をしていましたよ。
ローカルアイドルに関する知識もそれなりにあったので、ビックリしたっす( ゚Д゚)
ちなみに、AKB48に関して言えば、大半のメンバーの名前は言えたし、推しメンが指原莉乃さんだったから、総選挙で3連覇したときには・・・ご想像にお任せします( ゚Д゚)
にわかファンではなく、一度好きになったアイドルグループに関しては、全盛期を過ぎても全番組とまではいきませんが、しっかりチェックをして観ていたことには感心をしていました^^
アイドルだけではなく、ブレイクした若手の俳優さんから韓国の俳優さんまで、その知識量にはもう圧倒されるばかり><
自動車好き度=強くてニューゲーム
テレビ番組に負けず劣らず、車も本当に大好きでして。
いわゆるカーマニアで、車に関してはすべてのことに関心があり、テストドライバーの経験もあると言っていましたよ。
若い頃には車の改造などもしていたそうですが、車自体や車のいろいろな部分を見て回ることが一番好きなようです^^
定年前までは、新車が販売されると実際に販売店やディーラーに行って直接見て、カタログを貰って帰ってくるというのが習慣でした。
父と一緒に何度か車を見に行ったことがあるのですが、とにかく隅々まで見るし、店員さんと専門的なことを長々と話をしているし、自分は手持無沙汰になってしまうので、それが分かってからは絶対に付いて行かないようにしていましたね><
あ、一緒に出掛けていると、前を走っている車や対向車の車種(名前)を聞いてもいないのに勝手に言ってくるんだけど、全部当たっているからこりゃまたスゴイ( ゚Д゚)
とにかく車が大好きなので、父が勤めていた地域周辺の販売店やらディーラーやら板金屋やらに多くの知り合いの方々がいて、すごく驚いたことを鮮明に覚えています。
そして、その人脈を活かし、生涯でかなり沢山の車に乗ってきたそうなのですが、車を乗り換えると結構な確率でぶつけられてしまうという悲しい性の持ち主でもあり・・・。
むちうちが全然治らなかったのも定期的に車をぶつけられることが原因らしく・・・若い頃には、時速100キロ近くで後ろから追突されたことがあったそうで、よく生きてたよなぁ~(ΦωΦ)
まあ、テレビと自動車関連に関しては、面白エピソードが尽きないのでありますヾ(≧▽≦)ノ
お風呂好き度=レベル50
定期的に温泉や銭湯に行くというほどお風呂好きではありません。
ただ、入浴剤には結構凝っているようで。
さまざまな種類の入浴剤を購入してきては、“この入浴剤は色や香りがいい”“この入浴剤は体の芯から温まる”というようなことを言っていました。
父は熱いお風呂が大好きで、お風呂に関しては“45℃以下のお湯は水と同じだ”という訳のわからない発言をしていましたので、ぬるま湯でゆっくり温まりたい自分とは全く正反対でして・・・。
昔スーパーJOCKEYというお笑い番組があったんだけど、あの熱湯風呂に入りたかったと何度も言っていたなぁ~( ̄д ̄)
それと、お風呂掃除は父がやってくれており、週に何度かすごく丁寧に掃除をしてくれていましたので、特に浴槽は築年数に比べるとすごくキレイでしたね^^
なんだか、父のお風呂に対する愛着を感じました。
入院の際には、父にとって、テレビとお風呂のことが本当に大きな悩みの種だったよなぁ~(ΦωΦ)
パチンコ好き度=レベル90
若い時には、競馬や競艇などにも興味を持っていたそうですが、生涯を通して楽しんでいたのがパチンコになります。
父の場合は、「車」や「テレビ」が第一優先ということもあり、開店前から並んで閉店まで打ち続けるというスタイルではなく、昼過ぎ、あるいは夕方以降から閉店間際まで打つというスタイルでしたね。
“何歳頃からやっていたの”と聞くと、タバコとパチンコに関しては、必ず“物心ついた頃から”という変な冗談を言ってきたぞい( ̄д ̄)
晩年は、家に籠ってテレビばかり見ているのも身体に良くないので、パチンコ屋に行くことで運動をしていると言っていましたが、これまた微妙な発言でして><
父曰く、パチンコ屋は広いからトイレに行くだけでも運動になるらしいっす(。-∀-)
母が亡くなってからは、頻繁にパチンコに誘われるようになったのですが、一緒に付いていくとなぜかパチンコ代をくれるので、アラフォーにもなって恥ずかしいのですが、ありがたく貰っていましたね^^
簡単なまとめ
ここまで、趣味の面から父のスペックを記載してきましたが、どこにこれほどいろいろなことをやる時間があるのかと不思議に感じますが、父はショートスリーパーであり、基本的に“3時間ぐらい睡眠がとれれば問題なし”という体質によるものだと思います。
一度起きれば、休憩や横になることもほとんどなく、趣味を謳歌していましたね^^
この羨ましい体質は自分ではなく兄に引き継がれております( ゚Д゚)
最後に、この情報が一体誰の参考になるのか、書いていて摩訶不思議な気持ちになったなぁ~(ΦωΦ)
父の既往歴・現病歴
父は、若いときに「盲腸」や「赤痢」を経験しています。
特に、10代後半にかかった赤痢は重症化してしまったようで、“隔離病棟で過ごしていたことは覚えているけど、それ以外の細かな点については一切記憶がない”ということでして><
それ以降は、40代半ばまで病気とは無縁の生活をしていたようですが、40代半ばに糖尿病、50代半ばに痔の手術、60代後半に白内障の手術をしています。
やはり、「糖尿病」が一番大変だったと思います。
ただ、極端なカロリー制限はなく、ある程度食事に気を付けていれば気になるような症状もなく、数値も安定していましたので、傍から見れば、それほど苦にしている様子はなく。
それでも、元々ものすごく好き嫌いが激しいうえに、母が体調を崩し栄養バランスの良い食事がとれなくなってしまったこと、そして進んで運動をするような性格でもなかったので、70歳を過ぎたあたりから徐々に数値が悪くなっていき、インスリン注射を打つようになりましたね。
父の食べ物の好き嫌いに関しては、驚くべきエピソードが沢山あるから、いつか書きたいなぁ~(*’▽’)
このあたりから、父も糖尿病に対して細かな注意を払うようになり、自分自身で料理も作れましたので、糖尿病を意識した料理を勉強して作るようになりました。
その甲斐もあって、かかりつけの医師から数値を褒められることも多くなり、糖尿病と上手く付き合うことができていましたね^^
しかし、肺がんになって以降は、抗がん剤の影響や大量に処方される薬の影響もあり、再び数値が不安定になってしまった時期もあり、本人も悔しがっていたことは記憶に新しいところです。
最後に、晩年に父が定期的に通院していた病院は、「眼科」と「糖尿病専門外来」で、眼科は月に1回、糖尿病専門外来は月に1~2回のペースで受診をしていました。
眼科については、医師から“2~3か月に1回のペースで問題ない”と言われていたそうですが、なんせ目を酷使する趣味ばかりなこともあり、本人の希望で強引に月1回のペースで受診をするという、病院嫌いの父としては考えられない行動を起こし、僕自身もビックリ><
まとめ
以上、父の性格や特徴についてざっくばらんに触れてみました。
どこからか、“いやそうじゃないんだよな、もっと面白いエピソードは山ほどあるからそっちを書け!!”という父の言葉が聞こえてきそうでなりません><
父に関するたわいもない話にお付き合いくださりありがとうございました^^